精神科ではたらくフリーライターのブログ

閉鎖病棟の看護助手兼フリーライターが日夜カラダを張ってお届けする、メンタルヘルスのお役立ち情報です。

”正気かどうか不安”な人にこそオススメしたい!マンガエッセイ『精神科ナースになったわけ』

「正気じゃない」って、一体誰が決めるのか?

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大事なのはものごとの「脈絡」

突然ですが、あなたは正気ですか?

 

いきなりこんな質問をされたら、あなたはどう応えるでしょう。

「正気だわ!」と笑い混じりに突っ込むのか、それとも「うーん。。」と、やけに神妙な顔で考え込むのか。

 

たぶん、多くの人は自分の行動を振り返るでしょう。

あれ?自分はこれまでに、なにか非常識な言動をしてきたかな。。と。

 

これはつまり、前後の「脈絡」を確認してるんですね。

 

なぜなら、脈絡さえ正しければ自分や相手を「正気じゃない」と判断する材料はありません。

もっと言うと、たとえ何を考えていても言動にさえ出なければ「正気じゃない」とは判断されないわけです。

 

そう考えると「正気かどうか」を他人が決めるのは、本来かなりビミョーだと思いませんか?

 

「身だしなみと会話」が脳内を映し出す。

 

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精神科の外来でドクターが行う問診を見ると、その点は大いに考えさせられます。

 

ほとんどのドクターが最初にチェックするのは、患者さんの「整容」。これはつまり、身だしなみのことです。

 

私たちだって初対面の時、まずは相手の外見をザッと見て判断しますよね。

 

  • 髪やヒゲ、爪などに清潔感はあるか
  • 服装は季節感やTPOに合っているか
  • 持ち物に過剰な点はないか
  • 立ち居ふる舞いに目を引く点はないか

 

これは自分を客観的に見ているか?という意味で、いわば「自己脈絡チェック」の能力が量れます。

それらをザッと判断してから、ドクターはカルテに「整容良好」もしくは「整容不良」と記載し、本題の対話に入っていきます。

 

初診の場合、だいたいは「今日はどうしましたか?」みたいな感じで現状を聞かれます。

その答えに関しては、精神科ほどバラエティに富んだ場所はないでしょう。

 

たとえば、同じ不眠を訴える場合でも、

「最近、仕事の不安が強くてうまく寝られなくて。。」

と冷静に自分を振り返れる方もいれば、

 

「ぼくを夜眠らせないために、鉄道会社が一晩中線路工事をしているんです。これはヤクザが命令してるからなんです!」

 と、妄想で混乱されている方もいます。

 

ドクターは言葉の端々に垣間見えるキーワードを拾い上げながら、症例とその進行具合を判断することになります。

 

つまり、まさに会話の内容が脳内を映し出しているというわけです。 

 

 『精神科ナースになったわけ』の”まなざし”の秀逸さ

 

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身だしなみと会話がメンタルと密な関係にあるとわかったものの、それは正気かどうかを知るための”ひとつの手がかり”に過ぎないこともおわかりでしょう。

 実際、入院患者さんが生活する閉鎖病棟ではたらいていると、一筋縄ではいかない様々な症例を目にすることになります。

 

 そんな精神科の日常を描いた、マンガエッセイ『精神科ナースになったわけ』(水谷緑著 イースト・プレス刊)を最近手に取りました。

こちらの作品は、医療系のお仕事を取材してマンガにしている著者の描かれたものなので、作者=主人公ナースではありません。

 

いわば、精神科ではたらく様々なナースの声を拾い上げてシナリオ化しているのですが、精神科の日常が本当によく描けていると感心しました。

 

「狂うとはなんだろう?私は狂ってるのかな?この精神科病院で考えてみようとおもう。」

 

駆けだしナースである主人公が一貫して持ち続けるまなざしは、冒頭のこの言葉に集約されます。

 

狂気と正気のあいだにある、無段階のグラデーション

 

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冒頭のように「あなたは正気ですか?」と問いかけたとき、自身を振り返って「うーん。。。」と考え込むまなざし。

これはとっても大事なポイントだと思います。

 

そこに含まれているのは、

  1. 他者の言動から自分をかえりみる視点
  2. 奇異な行動をする人間を見下したりしない視点
  3. シンドい思いをしている人間に共感する視点
  4. 自分と他者に一線を引いてつきあえる視点

です。

 

1と2,3と4の視点はそれぞれ対になっていることがわかると思います。

つまり、それぞれが相反した要素を持つために「うーん。。」と考えこむんですね笑

 

実際の現場では、患者さん側に呑み込まれてもいけないし、突き放しすぎてもいけない。

 

でも、実はこの距離感ってとっても難しいんです。

 

なぜなら、「完全な正気」とか「完全な狂気」というもの自体、日々変化しつづける「状態」の一側面にすぎないから。

 

中にはその両極を、短い時間で激しく往復される患者さんもいらっしゃいます。

 

その状態を冷静に観察しながら、個別に対応を変化させる。その点は、他の科にはない緊張感とやりがいがあります。

 

まずは「完全な正気」と「完全な狂気」との間には、無段階のグラデーションが存在するとイメージしてみてください。

そして私たちは、時と場合によってその間を自在に行ったり来たりできる存在だと。

 

つまり、狂うも狂わないも選べる、自由な存在なんですね。

 

主人公ナースが気づいた精神科の奥深さ。それは他者や自己を評価をする、新たな視点の獲得にあると思うのです。

 

放っておくと私たちは、無限に変化をつづける一瞬だけをつかまえて

 

「自分はこういう人間なんだ」

「この人はこういう人だ」

 

と判断してしまいがち。でも、それは自由に羽ばたこうとする蝶を標本用のピンで突き刺すようなものなんですね。

 

だからこそ、

 「人間は狂うことができるほど自由だ。」(『メメント・モリ』風に)

 

そんな風に考えると少し気がラクになりませんか?

なぜなら、変化と変容こそがわたしたちの生の醍醐味。

 

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そして、わたしにとっての患者さんたちは、世間の常識でカチコチになった頭をほぐしてくれる大切な存在です✨

 

そんなこんなで、マンガエッセイ『精神科ナースになったわけ』(水谷緑著 イースト・プレス刊)オススメです。

 

たろけんでした😊