精神科ではたらくフリーライターのブログ

閉鎖病棟の看護助手兼フリーライターが日夜カラダを張ってお届けする、メンタルヘルスのお役立ち情報です。

精神科病院は「必要悪」なのか?!コロナクラスターで開かれた”パンドラの箱”

ETV特集 「精神科病院×新型コロナ」を現場スタッフとして見る。

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 たろけんです。

オリンピックで盛り上がるテレビ各局ですが、深夜のテレビ欄からこんな文字が目に飛び込んできました。

 

日本最大の精神科病院内にあるコロナ専門病棟に、一年間密着。

 

ここ最近、自身の院内クラスターの余波を書いてきた私としては「これは見るしかない!」

と相成りました。

 

 

精神科病院で「感染爆発」が起こる理由。

7月31日の放送時点でなんと、全国145の精神科病院でコロナクラスターが発生していました。

陽性者の合計は4,600人。

 

精神科病院で感染爆発が起こる理由については、先日の記事に上げたとおりです。

mental-hpk.com

もう一度ポイントをおさらいするならば、

  1. 患者さんに”マスク着用”や”自室待機”などの指示が入らない
  2. 手洗いやうがいなどの衛生的な習慣がない患者さんが多い
  3. 食事介助や排泄介助など、密接なケアが必要なことが多い

といったところでしょうか。

 

番組内の「武蔵野中央病院」のケースでも、上記の理由であっという間に感染が広がりました。そして、都内の巨大な精神科病院「松沢病院」へと続々と運び込まれる事態になったのです。

 

精神科病院に入院すると、まともな医療が受けられない?!

 

松沢病院の院長によれば、新型コロナ陽性で転院してきた患者さんは「高齢で持病のある患者さん」が多かったとのこと。

 

その理由は、わたしの勤務する病院でも明白でした。

命の危険があるからです。

 

逆に言えば、そこまで危険な状態にならなければ、搬送してもらえないのです。

 

そして、運び込まれた患者を診察した松沢病院の院長は、ある傾向があることに気づきます。それは、患者さんたちの「基本的な体のケア」がされていなかったという事実。

 

精神科病院とはいえ、病院である以上はキチンと不調に対応してくれるだろう。なんとなくそんな想像をされている方も多いでしょう。

 

ところが、コロナで重篤化した患者さんは「腎不全」や「骨が露出するほどの床ずれ」といった症状への処置がされていないままだった、というのです。

 

それらを踏まえて院長はこう指摘します。

 

「精神疾患で入院する患者さんが受けられる医療の質は、精神疾患のない人が受ける治療にくらべて明らかに劣っている。」

 

だからこそ、精神疾患のある患者にも一般人と同等の治療を施す。その重要性について訴えたのです。

 

それでは一体、なにがそれを妨げているのでしょうか?

 

「精神科特例」が生んだパニックと、惨劇。

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今回、都内最大のクラスターを起こしたケース。実は、それもまた精神科病院で起きたものでした。

たったひとつの病院で、患者とスタッフ合わせて249人が感染。そのうちの190人が患者で、8名の死者を出しました。

 

同院で入院していた患者の一人はこう言います。

 

「コロナにかかると分かっていても退院なんてできないし、、社会に殺されると思った。」

 

まさに、ただ座したまま陽性になるのを待つしかない状況。

番組は、なぜそんな絶望的な事態に陥ったのかを制度面から鮮やかに解き明かします。

 

それは「精神科特例」と呼ばれるものの存在です。

一般病院にくらべると精神科病院は、

 

  • 医師数は3分の1でいい
  • 看護師数は3分の2でいい

 

という特例が定められているのです。

 

その理由は、「安上がりな病院経営」を目的にしていたため。

確かに、精神科病院における特殊な事情のひとつに、入院患者さんの外科的処置が必要ないケースが多いことが挙げられます。

そのため、少ないスタッフで効率よく収益を上げることが可能であり、そのためのシステムが法制度によって認められていたわけですね。

 

この体制は、平時であればさほど問題には繋がりません。それどころか、精神科では外科処置も体調の急変も一般科よりずっと少ないため、スタッフとしては「のんびり働ける」メリットにも繋がってきました。

 

ところが、です。

 

この体制は、患者さんの病状がいっぺんに悪化する、という事態をまったく想定していないものだったのです。そのため、複数の患者さんが同時に急変することになれば、いとも簡単に”お手上げ状態”となってしまいます。

 

まさに、クラスター発生により精神科病院があっという間にパニックに陥る原因がここにあったのです。

 

開け放たれた「パンドラの箱」

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番組では、以下のデータを挙げ、「日本精神科病院協会」の会長へインタビューを行います。

(こんな組織があること自体、わたしは知りませんでしたが。。)

 

  • 世界の精神科病床の2割が日本にあること
  • 合計27万人もの人が精神障害で入院していること

 

会長は日本の精神科病院のあり方について次のような私見を述べました。

 

 「精神疾患を持つ患者が入院できなかったら、警察と保健所が困るだけ。うちは保安も含めてやっている。社会で暴れている人を引き受けているんだから。」

 

正直、唖然としました。

 

これではまるで、精神疾患を抱える患者さん=「犯罪者」呼ばわりです。

これが医療観察法の改定をはたらきかける組織なのですから、後は推して知るべしでしょう。

 

精神科病院で重犯罪者の精神鑑定を行う以上、警察や保健所と連携するのは当然のこと。

ですが、それをもって「社会秩序の保安官」を自認しているとは、まさに驚きでした。。

 

 この方は、自分の家族や自身が精神疾患を患った時、一体どこへ入院するつもりなのでしょう?

 

ただ、今回のコロナクラスターで、これまで黙殺されてきた精神科の実態にスポットライトが当たりつつあるのを感じます。

 

  • 日本ではなぜ、こんなにも多くの患者が入院したままなのか?
  • 日本と精神医療先進国との大きな違いはなんなのか?

 

これらに目を向けることで、まさに「パンドラの箱」が開くことになるでしょう。

 

受け皿が精神科病院しかない人たち

 

「ここからこぼれ落ちたら、もう行く場所がなくなる。」

 松沢病院でコロナから回復した患者さんは、元の病院へ戻る心境をそう述べます。

 

現実はたしかにその通りで、精神科病院へ入院できるのならまだいい方。中には、入院すら拒否される人も珍しくありません。

 

もちろん、理由は人それぞれです。ただ、一旦転げ落ちてしまったが最後、精神科病院の他はどこも受け皿がない。こうしたセーフティネットの脆弱さこそが、次に見る新たな問題を生み出すことになるのです。

 

大部屋に南京錠をかけ「コロナ陽性者」を閉じ込める

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 そのひとつが、番組内で「Y病院」の事例として紹介された事態です。

 

コロナ陽性者を大部屋に集めて扉に南京錠をかけ、むき出しのポータブルトイレ一台を共用させていたというのです。

 

正直なところ、この病院の異常性を声高に糾弾する資格が私にはありません。

なぜなら、クラスター発生中「言うことを聞かない患者さんを、いっそ閉じ込められたら。。」と繰り返し思ったことをまざまざと思い出すからです。。

 

わたしにも守るべき妻子と高齢の母がいるのです。患者さんの無自覚な行動が原因で、コロナをうつされてはたまったものではありません。。

 

それでも。

それでも、です。

 

患者さんの行動制限は指定医にしかできないのに、そのプロセスを無視して監禁するのなら、そこはただの「無法地帯」でしかありません。

 

そして「他に行くあてがない」という彼らの境遇こそ、そうした違法行為を助長させた一番の原因ともいえるのです。

 

 精神科病院が「必要悪」であり続ける、本当の恐ろしさとは?

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 松沢病院の医師たちも、そうした現実を知って一様にショックを受け、議論が始まります。

 

「これは人権に関わる問題。コロナの治療を終えたから元の病院に戻す、では済まされない。」医師のひとりはそう言って問題提起します。

 

それに対して、多くの臨床経験を重ねてきたであろう院長はこう応えます。 

 

「気持ちはわかる。だが、今はそれを言っている場合じゃない。もし、今の精神科病院がつぶれたら、患者はもっとしょうもない病院に行くことになるんだから。。」

 

これこそがまさに、理想と現実のはざまで苦悩する精神科病院のジレンマなのです。

 

 松沢病院のPSW(精神保健福祉士)の女性はカメラに向かってこう本音を吐露します。

 

「不正を糾弾するのはたやすいこと。でも、それによってさらに居場所をなくす患者が出てくる。だからといって、そうした精神科病院は必要悪でいいのか?と。もうわからなくなってきます。。」

 

そうです。精神科病院が「必要悪」であり続ける本当の恐ろしさ。

 

それは、いつまで経っても日本の精神科医療の底上げが叶わず、それがひいては、私たちのメンタルケアにおける”選択肢の絶望的な貧しさ”につながっていくことなのです。

 

これは決して、他人事で済まされる問題ではありません。

人生において、病気や事故との遭遇はつきもの。それによって、わたしたちがいつ”物言えぬ側”の立場になるのか、誰にもわからないのですから。

 

おわりに

  最後に松沢病院の院長はこう言います。

 

「患者さんが退院する時の一番の抵抗勢力は”社会”。誰もあの”塀の奥”にあるものを見たくないんです。」

本質をズバリと一言で突いた、とても鋭い言葉ですね。

 

”塀の奥”とはすなわち、わたしたち自身の”心の闇”の部分でもあります。人は誰だって自身の闇と向き合いたくないし、できればその存在さえ「なかったこと」にしたいもの。

 

だからこそ、その象徴でもある精神科病院が、とても怖く見えるのもよく分かります。

 

ただ、怖いからといって見つめるのを避ければ避けるほど、恐怖と誤解は広がっていくこともまた、理解せねばなりません。

 

誰も見たくない”塀の奥”で10年勤務し続けるわたしですが、今後も決して他人事にはせず、現場目線で日本の精神科医療を見つめていきたいと思っています。

 

それではまた。

たろけんでした😊